1998 第6回日本乳癌学会記事

[スクラップ項目に戻る]

00(Medical Tribune内の医学会記事)【はじめに】今まで 一般(どなたでも)参照可能であったMedical Tribuneの記事が2000年9月28日から、メディプロという会員制(ID+パスワードが必要)サイト内に移行してしまいました。
情報公開時代に於て、残念でなりません。そこで乳癌に関連したニュース (一般雑誌より参考になり得る情報)をここにセレクトし、upしました。  尚、ここに転記したり転載したる責任の所在は吉利です。 Medical Tribune誌関連や関連医学会の方、もし転載に問題がございましたら、 webmaster@prodr.com(吉利)までご連絡ください。

☆(Medical Tribune Vol.31, No.31,)
【1998年第8回日本乳癌学会】
シンポジウム「基礎からみた乳癌の化学内分泌療法への提言」
最近,欧米ではバイオロジカルな観点から見た癌治療の研究が非常に大きなウェートを占めるようになっているが,東京で開かれた第6回日本乳癌学会(会長=霞富士雄・癌研究会附属病院外科部長)では,従来の化学療法,内分泌療法を最新の基礎医学の知見から再考するため,「基礎からみた乳癌の化学内分泌療法への提言」と題するシンポジウム(司会=飯野佑一・群馬大学救急医学教授,戸井雅和・都立駒込病院外科医長)が持たれた。

タモキシフェンがエストロゲンによるシグナルを活性化
ホルモン依存性乳癌に広く使用されているタモキシフェン(TAM)は,エストロゲン(E2)によるシグナルを活性化するが,同じ内分泌療法薬に属するpure antiestrogen(PA)にはそうした作用がないと考えられる成績が,群馬大学第二外科の鯉淵幸生氏らによって報告された。
鯉淵氏らは,ホルモン依存性乳癌における各種内分泌療法の作用機序の違いを検討する目的で,E2依存性乳癌モデルのDMBA(dimethylbenz(a)-anthracene)誘発乳癌ラットに対して,TAMの連日経口投与,PA(ICI 182,780)の皮下注または卵巣摘出(Ovx)を施行。3 週後の腫瘍サイズの変化を観察するとともに,細胞の分化や増殖を制御する癌遺伝子産物でMAP(mitogen activated protein)キナーゼの1つであるRaf-1の蛋白量,および細胞膜の生合成を調節する酵素choline kinase(CK)の活性値の変化を調べた。

その結果,腫瘍サイズの有意な減少はTAM群,PA群,Ovx群のいずれにおいても認められたが,Raf-1蛋白量,CK活性値はOvx群だけで有意に低下,TAM群,PA群では変化が見られなかった。これは,両薬剤がE2によるシグナルを阻害しないか,シグナル伝達を活性化しているためと推測された。そこでさらに,Ovxを実施したDMBA乳癌ラット,さらにその後,TAMの経口投与,PAの皮下注,またはE2の連日皮下注を行った同ラットで,3 週後の腫瘍サイズ,Raf-1蛋白量,CK活性値を検討した。

その結果,腫瘍サイズはOvx+E2群を除く 3 群で減少したが,Raf-1蛋白量とCK活性値はOvx群+E2群だけでなく,Ovx+TAM群でも増加,Ovx単独群とOvx+PA群ではほとんど変化が見られなかった。
鯉淵氏は「臨床の場においてTAMのE2様作用は,プロゲステロン(Pg)レセプターを誘導し,Pg製剤の作用を増強する,また骨塩量を増加させるなどの利点もあるが,腫瘍内の長期に及ぶシグナルの活性化は,その薬剤の耐性発現につながる可能性があるのではないか」と述べた。

ゲムシタビンやFMDCの有効性を示唆
国立病院四国がんセンター臨床研究部外科の佐伯俊昭氏(臨床検査科長)らは,ホルモン依存性・非依存性乳癌細胞株におけるestrone sulfatase(E1-STS),ribonucleotide reductase(RNR)およびplatelet-derived endothelial cell growth factor(PD-ECGF)の発現を検討した結果から,乳癌治療に関して新たな提言を行った。 E1-STSは腫瘍内のエストラジオール合成酵素で,閉経後乳癌で重要なホルモン。RNRはDNA骨格を形成するDNA合成酵素。PD-ECGFは血管新生因子であり,また腫瘍内でドキシフルリジン(5'-DFUR)を5-フルオロウラシル(5-FU)に変換する酵素である。

佐伯氏らはこれらの酵素の発現を,エストロゲンレセプター(ER)陽性乳癌細胞株であるMCF-7 clone E3,ZR-75-1,およびER陰性乳癌細胞株のMDA-MB231,MDA-MB468で検討した。
まず,E1-STSの発現を見たところ,いずれの細胞株でも培養時のホルモン環境にかかわらず,明らかな発現が認められた。このことから,E1-STS阻害薬はホルモン依存性のみならず,ホルモン非依存性乳癌にも有効である可能性が示唆された。

RNRはER陽性あるいはプロゲステロンレセプター(PgR)陰性の乳癌組織で腫瘍特異的な発現が認められた。このことから,RNRをターゲットとする抗癌薬のゲムシタビン,(E)-2'-deoxy-2'(fluoromethylene) cytidine(FMDC)などは乳癌治療に有効な化学療法薬となる可能性が示された。
PD-ECGFはZR-75-1やMDA-MB231で発現が認められ,これらの細胞株における発現は低濃度の酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA)によって誘導された。このことは,5-DFURとMPAの併用による相加・相乗効果を説明しうる。すなわち,MPAによって腫瘍内のPD-ECGFヒトPyNPase活性)が誘導されて,5'-DFURから5-FUへの変換が促進され,その結果,腫瘍内5-FU濃度が高くなり,併用時の相加・相乗効果が得られる可能性が考えられたという。

ホルモン療法抵抗性乳癌に血管新生抑制物質が有効?
川崎医科大学乳腺甲状腺外科の紅林淳一講師らは,同講師らが最近樹立した 3 種類の乳癌細胞株における実験結果から,乳癌治療における新しいアプローチを提言した。 樹立した細胞株はホルモン療法に抵抗性を示すKPL-1,悪性腫瘍に伴う高Ca血症に密接に関連する副甲状腺ホルモン関連蛋白(PTHrP)を強く発現,分泌するKPL-3C,および癌遺伝子Erb B familyやインターロイキン(IL)-6を発現するKPL-4である。

紅林講師らの検討から,KPL-1はin vitroでタモキシフェン(TAM)耐性が認められたが,pure antiestrogenのICI 182,780(以下ICI)によって増殖,転写が抑制された。しかし,ヌードマウス移植KPL-1腫瘍は,ICIにより増殖が促進された。このことから,TAM耐性乳癌ではICIに対して交差耐性を示す可能性が示唆された。
また,KPL-1腫瘍では,ICIにより血管新生の促進とともに,アポトーシスの減弱,増殖活性指標であるKi-67標識率の上昇が認められた。さらに,血管新生促進因子である線維芽細胞増殖因子(FGF)-1や血管内皮増殖因子(VEGF)-Bの発現亢進が認められた。これらのことから,ホルモン療法への耐性獲得に血管新生促進因子の発現亢進が関与していると推測され,ホルモン療法抵抗性乳癌に対する血管新生抑制物質による治療の可能性が示された。

一方,KPL-3Cで認められるPTHrP分泌は酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA)やビタミンD誘導体のオキサカルシトリオール(OCT)によって抑制された。このことから,溶骨性骨転移に対するMPAやOCTによる治療の可能性が考えられた。
さらに,KPL-4を用いた実験からは,Erb B-2シグナル伝達の阻害により,in vitroにおける細胞増殖が抑制されることが分かり,Erb B familyを発現する乳癌に対してErb B-2シグナル伝達阻害物質による治療の可能性が示された。また,KPL-4はヌードマウスに移植すると悪液質を誘導するが,MPAにより乳癌細胞からのIL-6分泌が直接抑制され,悪液質の改善が得られたことから,同講師は,MPAによる悪液質治療の可能性も示唆された,としている。

組織培養法抗癌薬感受性試験で79%の症例の効果を予知
和歌山県立医科大学第一外科の谷野裕一氏らは,再発乳癌において,組織培養法抗癌薬感受性試験(histoculture drug response assay:HDRA)の結果が抗癌薬の抗腫瘍効果とよく相関したことから,前治療によって薬剤耐性となった再発乳癌に対する薬剤選択に際し,HDRAが有用であることを示唆した。
HDRAは,手術で得た腫瘍を約10 mg取り分け,コラーゲンゲル上に置き,水栽培の要領で 7 日間培養したのち,黄色の色素を添加,腫瘍内の酵素で変化した紫色の色素の吸光度を測定。計測された抗癌薬投与群,非投与群の吸光度を,培養前の腫瘍重量で補正し,腫瘍抑制率を求めるもの。間質の多い乳癌でも十分培養できるうえ,以前のようにラジオアイソトープを使用しないため,環境汚染の心配がない。費用は 1 検体数万円。現在,保険適用の申請が出されている。

谷野氏らが,HDRAで得られる各種抗癌薬の腫瘍抑制率を個々の症例で検討したところ,症例によって明らかな差が見られ,各抗癌薬の感受性は個体差が大きいことが分かった。このことから,抗癌薬感受性試験を症例ごとに行う必要性が示された。

そこでさらに,評価可能病変を有する再発乳癌19例において,それぞれの化学療法の効果とHDRAの結果から判定した感受性陽性・陰性との関係を調べたところ,HDRA陽性の薬剤を投与した11例中 7 例は有効であり,HDRA陰性の薬剤を投与した 8 例では全例が無効であった。すなわち,HDRAにより,15例(79%)における化学療法の効果を予知することが可能だった。種々の癌腫について行った約1,000例の検討でも同様の成績が得られた。

谷野氏は「現在,術後補助化学療法の有効率は10%前後と言われる。今後は再発しない症例,化学療法の効かない症例に化学療法を行わないようにするだけでなく,症例ごとに適した化学療法を行い,奏効率を上げることが抗癌薬感受性試験の目標と考えられる」と述べた。
キーワード 【乳癌の化学内分泌療法への提言】

☆モーニングセッション(Medical Tribune Vol.31, No.31,)
【 早期乳癌手術直後のタモキシフェン5年投与で乳癌再発・死亡が減少】
「Treatment of Early Breast Cancer:
the EBCTCG worldwide overview of randomised trials」
Early Breast Cancer Trialistsユ Collaborative Group(EBCTCG)は早期乳癌患者3万7,000例を対象に世界15か国で行われた55の無作為対照試験におけるタモキシフェンの効果をメタ分析し,その結果を『Lancet』(351: 1451-1467)に発表したが,同学会のモーニングセッション「Treatment of Early Breast Cancer:the EBCTCG worldwide overview of randomised trials」(司会=大橋靖雄・東京大学大学院疫学予防保健学・生物統計学教授)で結果の概要が報告された。報告したのは,オックスフォード大学のRichard Peto博士。

1〜2年より5年投与で効果大
まず,タモキシフェン投与期間別の乳癌再発予防効果を,エストロゲンレセプター(ER)陽性でリンパ節転移(−)の患者で,同薬を手術直後から 5 年投与した群,1 〜 2 年投与した群とそれぞれの対照群(再発後にタモキシフェンを投与)との間で10年無再発率を比較した。その結果,10年無再発率は,タモキシフェン 5 年投与群で79%(対照群64%)だったのに対し,同薬 1 〜 2 年投与群では77%(同72%)と, 5 年投与のほうが 1 〜 2 年投与よりも再発予防効果が高かった。

タモキシフェン 5 年投与の効果をER陽性で手術施行時の年齢が50歳未満の群と50歳以上の群とで10年無再発率を比較したところ,50歳未満群で73%(対照群58%),50歳以上群で74%(同58%)と,両群間に差は見られなかった。また,同薬 5 年投与の効果をER陽性でリンパ節転移(−)群とリンパ節転移(+)群の10年無再発率で比較すると,リンパ節転移(−)群で79%(対照群64%),リンパ節転移(+)群で60%(同44%)と,両群間に大きな差は認められなかった。

一方,タモキシフェンと化学療法併用の効果を10年無再発率で見たところ,タモキシフェン単独 5 年投与群で75%,同薬の投与も化学療法も行わなかった対照群では61%と,投与群のほうが治療効果は23%上回った。これに対し,タモキシフェン 5 年投与に化学療法を併用した群の10年無再発率は61%,化学療法単独群では40%と,タモキシフェンに化学療法を併用した場合のほうが10年無再発率はおよそ53%も高いことが示された。

Peto博士は「ホルモン感受性の乳癌患者に対する手術直後 5 年間のタモキシフェン投与は,術後10年間で 6 例に 1 例の割合で再発を予防し,また12例に 1 例の割合で死亡を予防したことが分かった。その効果は年齢,リンパ節転移の有無に関係なく,さらに化学療法を併用すると付加的効果が得られる。タモキシフェンは子宮体癌の発生率を増加させるとはいえ,それは対側乳癌の発生率よりも低く,全体的に見ると同薬の投与による生存率上昇効果のほうが大きい」と述べた。
キーワード 【早期乳癌手術直後のTAM投与】

☆(Medical Tribune Vol.31, No.37,)特別企画
【乳癌アジュバント化学療法】
一北米と日本の相違点一
出席者
Vivien H.C.Bramwell 氏 London Regional Cancer Center,Canada
池田 正氏 慶應義塾大学医学部
戸井雅和氏 東京都立駒込病院

注:ご紹介する臨床データは海外のものも含まれており
  記載薬剤について国内承認外の内容が含まれています。

去る6月13日,ロンドン・リージョナル癌センター(カナダ)のVivien H.C.Bramwell 氏が,
ファルモルビシンョ注(塩酸エピルビシン)発売10周年記念シンポジウムにおいて,カナダの
乳癌アジュバント化学療法におけるCEF療法の有用性についてご講演されるため来日した。
この記念シンポジウムに先立って池田 正氏,戸井雅和氏と都内ホテルで鼎談を行った。

臨床試験の重要性と患者の動向
乳癌における最近の化学療法について,治験対象患者の確保,化学療法,ホルモン療法,患者の予後因子,乳房温存療法,制吐剤など今回の鼎談では話題は多岐にわたった。 まず,臨床試験の症例登録について質問があった。Bramwell氏は世界的に患者募集は困難になっていると述べ,患者が自由意志で治療法を選択するようになっているため,医師は臨床試験に参加するメリットを適切に説明しなければならないという。50%の確率でより優れた治療の恩恵にあずかる可能性があること,また少なくとも50%は標準的治療に匹敵する治療を受けられることなどを説明しなければならないと述べた。同時にその治療法は必ずしも有用性に確証がないことや毒性を説明する義務もあるとした。

欧米で臨床試験に参加する患者の割合は5〜l0%にすぎず,この数値の背景にはエントリーの条件,医師の説明不足等があり,治験担当医師は常に患者に対して謙虚かつ自省的であるべきと述べた。また,臨床試験というものは,治験担当医師とは無関係に倫理委員会で審査されたものであるということを伝えるのも,参加を促す有効な手段であると述べた。

戸井氏よりBramwell氏が行っているアジュバント化学療法の臨床試験(National Cancer Institute of Canada's Clinical Trials Group:NCICCTG)で,その用量やレジメンについて質問があった。Bramwell氏はまず,閉経前の患者のアジュバント化学療法ではCEF〔シクロフォスファミド(CPA)+エピルビシン(ファルモルビシンョ)+5-FU〕を用い,閉経後の患者にCEFを用いることは少ないと述べた。また,閉経後の女性にインターグループ臨床試験でCAFを用いているが,まだ十分な情報が得られていない。CEFによる アジュバント化学療法の投薬スケジュールは,第1〜14日に経口でCPA75mg/m2,第1日,第8日にエピルビシン60mg/m2,5-FU 500mg/m2の投与である。必要に応じて減量し,dose intensity(DI)は約77%であった。発熱性の好中球減少症がCEFで8%,CMFで1%であった。

【図表は省略しました。吉利】

これら患者へのG-CSFの投与については,抗生物質の予防投与を行うことで十分であると述べた。固形癌の患者では,回復の遅延した患者以外その必要はなく,本試験700例では毒性による死亡例はなかった。また,CEF投与は発熱性好中球減少症がなければ全例外来で行うことが可能であった。 北米では外来患者専門クリニックでの化学療法の実施が患者の要望であり,経費的にも一般的である。薬剤投与も約1時間以内に終了するため,入院の必要性は少なく,多くの患者はむしろ入院を敬遠すると述べた。

インフォームド・コンセント
戸井氏は,45歳,リンパ節転移が1個,ER陰性の患者にはどのようなアジュバント化学療法を選択するか尋ねた。Bramwell氏は,CMFもしくはCEFのどちらも可能であると答えた。CEFはリンパ節転移の数によらず有効であり,たとえリンパ節転移が1個であっても,腫瘍径の大きいあるいはhigh gradeな腫瘍があるならばCEFを勧め,腫瘍が小さいかあるいはlow gradeまたは中等度gradeではCMFを勧めるだろうと述べた。

患者には双方の療法の特徴を説明し,CEFは効果が大きいが,脱毛,悪心,嘔吐などの症状がCMFよりも出やすく,発熱性の好中球減少症,白血病もみられることを知らせるのも重要である。また,DIの非常に高いCEFレジメンは,閉経後患者に対して毒性が強くなるため,現時点では閉経前患者に用いられている。閉経後の患者にもこのレジメンを用いることができるか否か,今後の検討が必要であると述べた。

FU系薬剤の役割
池田氏は,日本の現状として年齢40歳,リンパ節転移l個,ER陰性の患者には,しばしばFU系経口抗癌剤が用いられており,さらに現在FU系抗癌剤とCMFの無作為比較試験が行われていることを説明した。 Bramwell氏はこの話に対して,EBCTCG meta-analysisを例に,北米では多剤化学療法が単剤化学療法に優るという結果から多剤療法が選択されると述べた。池田氏は日本における無作為比較試験の結果から,FU系抗癌剤あるいはCPAの経口投与+TAMとの併用あるいは単独での有用性が示されている。ことに閉経前ER陽性乳癌のリンパ節転移陽性症例に統計的有意差が示されていると述べた。

最近FDAで新規FU系経口薬が承認されたことに関連して池田氏が,将来のFU系薬剤による治療についてカナダの事情を尋ねたところ,現在多数のFU系薬剤があるがBramwell氏はどんな薬物にも耐性が生じるため,第l選択,第2,3選択などの薬剤投与計画を決定するのが非常に困難であることを指摘した。同時に作用機序の全く異なる薬剤,交差耐性がない薬剤,経口投与など何らかの利点がある薬剤でなければ,新規薬剤の必要性も小さいと述べた。経口投与は有利であるが,唯一の問題は,特に副作用のある場合にコンプライアンスが確実でないことも指摘した。CPAについては,静注より経口のDI が高いため経口のほうが実際に有効であると答えた。

閉経後患者へのアントラサイクリン投与
一方,戸井氏よりCMFレジメンの開始時期,対象年齢,用量などについて質問があった。Bramwell氏はリンパ節転移のない患者にはCMF療法を好んで使うと述べた。将来,high riskのリンパ節転移のない患者に対しては,リンパ節転移のある患者と同様に,CEFのような高用量のアントラサイクリン系薬剤を用いることも検討することになるであろうとも述べた。これはリンパ節転移のないhigh grade腫瘍の患者群と,リンパ節転移が1〜3個ある患者群とは同程度のリスクを有すると思われるからである。

閉経後でER陽性,リンパ節転移のない患者には,アントラサイクリン系薬剤とタモキシフェン(TAM)との併用,あるいは特に閉経後10年以内のER陰性の患者には,アントラサイクリン系の単独投与が多くなるのではないかとも述べた。CAF+TAMとTAM単独群を比較したインターグループ試験では,無病生存期間の改善が認められたが,全体的な生存率は依然不明であった。

年齢に関して,米国では年齢差別になるので上限を設定はしていないが,閉経後では閉経前より毒性が大きくなるため,特に65歳以上の患者には,CEFなどのアントラサイクリン系薬剤を基本としたintensiveな化学療法はほとんど行われてないとも述べた。なお,もしアントラサイクリン系薬剤を用いる場合には,高齢患者においても低用量から増量するのではなく,毒性をみて適宜減量することが重要であるとも答えた。

制吐剤の使用について
Bramwell氏は制吐剤の使用については,メトクロプラミドなどで治療を開始するが,5‐HT3拮抗薬,主にオンダンセトロンを最終的には選択するという。一般的に化学療法投与前にl錠,そしてその夕方,その後もうl回投与する。経口CPA併用の場合は,メトクロプラミドなどをより頻回に投与するという。

悪心や嘔吐の治療は,最初の24時間が重要であり,持続するケースは少数で,最近5年間でも治療を中止した例は経験がないという。また,池田氏が制吐剤の使用方法として,化学療法前には静注で,その後は経口剤にスイッチすると述べたところ,メトクロプラミドなどは静注するが,オンダンセトロンは経口剤でも静注剤と同様に有用であると述べた。さらに,化学療法にステロイド注を通常l0mg投与し,無効の場合はオンダンセトロンと経口ステロイド(デキサメタゾン2〜4mg,1日2回)を投与する場合があるという。患者が化学療法に不安を示す場合はベンゾジアゼピン系の鎮静剤を舌下投与するという。ロルメタゼパム1mg,デキサメタゾン10mg,オンダンセトロンの処方が有用であるとも述べた。

予後因子
予後因子については,北米ではリンパ管内浸潤,腫瘍の大きさあるいはgradeが推奨され,それ以外の因子,S-Phase fraction,erbB-2,p53は総合して判断すべきだが,有用な可能性はまだ見いだされていないという。カナダでは通常これら新規の予後因子の検査は行われておらず,米国は検査可能であるが,矛盾した結果が出るなど,まだ必ずしも確立されておらず,病理組織学的方法が現時点では最良であるという。池田氏は日本も病理組織学的検査を主に判断材料としていると述べた。

大量化学療法
次いで,戸井氏が,骨髄移植と造血因子投与の2つの支持療法についてBramwell氏に意見を求めた。Bramwell氏はこれらの併用が通常の化学療法より優れているという確証はまだないとした上で,理論的には,大量投与の化学療法の支持療法としては,末梢血幹細胞移植の方が優れているのではないかと述べた。ただし,これらの方法には骨髄毒性以外の毒性による制約が多いこと,ASCOでも骨髄移植の効果が示されなかった小規模な無作為試験の報告があったとも述べた。

また,北米における末梢血幹細胞移植(PBSCT)+大量化学療法の位置づけについては,カナダでは標準的ではあるが,米国は患者が転移乳癌の治療法としてこの方法をあまり望まなくなっていると述べた。G-CSFを併用した中等量化学療法に関しては,今後無作為比較試験でその効果を見る価値があるが,G-CSFはコスト的にも非常に高価であることが問題であると述べた。

ネオアジュバント化学療法
ネオアジュバント化学療法の投与薬剤など,北米の状況についてBramwell氏は,カナダではネオアジュバント化学療法は一般的でなく,局所の進行性乳癌または炎症性乳癌に限って,アントラサイクリン系薬剤が用いられていると述べた。 ネオアジュバント化学療法の主な利点は,腫瘍のstageを下げ,乳房温存手術のチャンスを増やすことである。しかし,長期予後を改善する証拠は必ずしも多くないという。カナダでは多くの患者が,初期治療で外科手術による癌の摘出を選択するため,ネオアジュバント化学療法の機会が少なく,来院する患者の大半もすでに外科手術を受けているという。従って,臨床試験を開始するほど関心は高くないとのことである。

またカナダでは,パクリタキセルは使途の制約や費用の面から使用されていないという。 戸井氏がNSABPにおけるドセタキセルによるネオアジュバント化学療法について意見を求めたところ,Bramwell氏はドセタキセルのネオアジュバント化学療法の臨床試験の重要性は認めながら,骨肉腫などとは違い,乳癌における生存率への有用性は術後化学療法に比較し不明であると述べた。

ネオアジュバント化学療法に続き,乳房温存術を施行した際の局所再発率の上昇について,池田氏がBramwell氏の意見を求めたところ,まず,患者が乳房切除術に耐えられるか否か判断し,胸が小さい場合は温存術ではなく,切除あるいは乳房再建術を取ると述べた。

化学療法にTAMを追加する意義
アジュバント化学療法施行時のTAM投与のタイミングについて,戸井氏がアジュバント化学療法に併用かその後に投与するかを尋ねた。Bramwell氏は閉経前を対象にしたMA.12では化学療法投与後にTAM投与を設定した。これは化学療法の有用性を検討する際,TAMが細胞周期に影響を与え,化学療法の効果を低下させるというリスクを回避するためである。SWOC試験が閉経後の患者を対象にTAM単独,CAF→TAMのsequential投与およびCAF+TAMの同時投与というレジメンをとっているため,TAMの投与時期の検討にはふさわしいとした。いずれにしても,現在では十分なデータが不足しているため,同時併用と化学療法後投与の比較はできないと述べた。

戸井氏らは同時併用でも副作用が増強されないこと,アドリアマイシンなどがTAMとの併用によってその作用が増強される可能性があることなどをコメントした。 また,TAMは2年間よりも5年間投与が有効であるという報告(Richard Petoら)に関連し,Bramwell氏は5年間投与は北米では標準であること,10年と5年の比較試験が進行しているが,現在は5年で十分であると思っていること,5年後にTAMから離脱した際にアロマターゼ阻害薬に切り替え,さらに5年間治療する試験が現在進行中で,強い関心があると述べた。この試験の対象者はER陽性と思われるが,多くは不明であるという。

戸井氏の「なぜアロマターゼ阻害薬に期待するのか」という問いに,Bramwell氏は多くの理由があるがTAMへの耐性獲得に対して,アロマターゼ阻害薬が感受性の再獲得に有効であるかもしれないと述べた。また,近年TAMは乳癌への予防的投与が行われるようになり,治療時に耐性を獲得している場合が増える可能性があり,新しい内分泌療法の検討も必要とした。
カナダでは閉経前患者の治療にTAMを投与するか否か,という問いに対して,Bramwell氏は,閉経前患者ではアジュバント化学療法が一般的であり,閉経前のER陽性患者でTAM服用と強力な化学療法レジメンとを比較対照した試験は多くないという。 一方,無投薬よりも強力な化学療法が有効であることを示す試験は多いと述べた。その上で,北米の多くの医師は閉経前のリンパ節転移のある患者,およびhigh riskのリンパ節転移のない患者に化学療法を行うことを好むが,そこにTAMを加えることは標準的ではないと述べた。

実際,TAMを加えている医師もいるが,Peto氏らの解析では,TAMと化学療法併用の閉経前患者は,数千例中200例のみである。化学療法は直接細胞毒性があり,また内分泌メカニズムにも作用するため,TAMは過剰で,あるいは追加によってかえってTAMの毒性のみを受ける可能性があるとのことである。Bramwell氏の参画しているNCIC CTG MA.12 trial(化学療法後5年間TAMを投与)の継続はこの点からも重要であると述べた。
TAMの化学予防
日本人の閉経前の患者に対して,TAMとLH-RHアナログのどちらが好まれるか。池田氏はlow risk患者ではTAMを使用し,中等度risk患者でLH-RHアナログを考慮するとしたが,LH-RHアナログは補助療法の設定では有用性を示すデータがまだないという。Bramwell氏もLH-RHアナログは筋注であることや高価であることから,北米でもあまり使用されていないと述べ,その投与期間も2年あるいは5年のどちらが適当であるか検討結果を待つしかないとした。

Bramwell氏はTAMの予防投与について,NSABPの未発表のデータ(インターネット上)では,発症を遅らせるが生存率が改善された報告ではないという。予防治療の期間も5年が適当であるかも不明であると述べた。また,NSABP試験では60歳以上の患者で観察しているが,その他の患者群の検討は煩雑なためされておらず,患者が予防的投与の必要性を認識しない限り,実施は時期尚早ではないかと答えた。
また,乳癌の発症率の低い本邦においては,TAMの予防的投与の臨床試験の可能性について,米国に比ベ低いとの池田氏のコメントがあった。

月経周期と治療選択肢
最後に,Bramwell氏が現在特に興味を有しているトピック,生理周期と手術のタイミングに関して,卵胞期に比べ黄体期での外科手術が予後の面から有利であることを紹介した。手術した患者の転移関連癌 遺伝子(カテプシン,マトリックス,メタロプロテアーゼ,p53など)を検討したところ,対象は少数例ながら, 遺伝子産物レベルが卵胞期に高く,黄体期には有意に低下する結果が得られたと述べた。
また,閉経後患者でもエストロゲン量が高い症例,特にプロゲステロン値が低い場合の予後が悪いため,手術時期周辺に少量のプロゲステロンを投与してその影響を検討するという,進行中の研究も紹介した。 なお,血清中HGFレベルが月経周期ならびに月経の有無に関係していることを戸井氏が述べたことに対し,Bramwell氏はHull氏らによって行われた患者血清中のVEGFの研究を例に,増殖因子と月経周期に関するデータは多いと述べた。

臨床におけるエストロゲン阻害の意味についてBramwell氏は,基本的に男性の前立腺のアンドロゲン阻害と同じ概念であるとし,今後内分泌療法後に化学療法を追加する併用療法の有効性の確立が必要であろうと述べた。また,その際に使用する薬剤が,同一のものでよいのか否かを確認する大規模無作為比較試験が必要であろうと述べた。

本欄はファルマシア・アップジョン株式会社の提供です。

キーワード 【アジュバント・ネオアジュバント・化学療法の検討】



[スクラップ項目に戻る]


1998 第6回日本乳癌学会記事